日本のAI規制は、EUの包括的なAI Actと比べて「軽い」と評されることが多い。その方向性を決定づけたのが、2025年2月4日に内閣府のAI戦略会議・AI制度研究会が公表した「中間とりまとめ」と、それを受けて成立したAI推進法(正式名称: 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)である12。本記事では、日本の軽規制路線がどのような制度設計に基づいているのかを整理する。
(2026年7月29日更新: 品質監査により、初出時に出典の裏付けがなかった記述を削除し、一次情報と法律解説に基づいて全面的に書き直した。)
出発点: AI制度研究会の中間とりまとめ
2024年7月、政府のAI戦略会議の下にAI制度研究会が設置され、法制度の要否を含むAI制度のあり方が検討された1。2025年2月4日に公表された中間とりまとめは、広島AIプロセスの精神に基づき、次の4つを検討の基本原則として掲げている1。
- リスク対応とイノベーション促進の両立
- 技術・ビジネスの変化の速さに対応できる柔軟な制度の設計
- 国際的な相互運用性
- 政府によるAIの適正な調達と利用
また、規制の技術中立性、すなわち「特定の種類の技術の使用を強制したり、優遇したりすべきではない」という原則を踏まえた検討の重要性も明記された1。EUのように包括的な義務を新設するのではなく、変化の速い技術に柔軟に対応できる枠組みを志向したことが、その後の立法の性格を方向づけている。
AI推進法: 罰則のない「基本法」
中間とりまとめの提言を受けて策定されたAI推進法は、2025年5月28日に成立し、6月4日に公布された2。同法は公布日から施行され、AI戦略本部などを定める第3章・第4章は2025年9月1日に施行されている2。
この法律の最大の特徴は、条項の多くが国や政府を対象とする基本法的な性質を持つことだ2。事業者に関する規定は第7条の責務に限られ、内容も①自ら積極的にAI関連技術を活用して事業活動の効率化・高度化に努めること、②国や地方公共団体の施策に協力すること、の2点にとどまる。しかも、これらの責務に違反しても罰金などの罰則の対象にはならない2。
AIの提供者・利用者に具体的な義務と制裁を課すEUのAI Actが「ハードローアプローチ」と呼ばれるのに対し、日本のこの姿勢は「ソフトローアプローチ」と整理される2。EUでは2026年8月2日からチャットボットの「AI明示」などの透明性義務の適用が始まっており、対照は鮮明だ。
推進体制: AI戦略本部とAI基本計画
AI推進法は、規制ではなく推進の司令塔を定める。内閣総理大臣を本部長とし全閣僚を構成員とするAI戦略本部が置かれ、政府はAIの研究開発・活用の推進に関する基本計画(AI基本計画)を策定する2。AI基本計画は2025年12月23日に閣議決定された2。
国際面では、日本はG7の広島AIプロセスなどAI関連原則の推進に関わり、OECDのAI原則にも2019年の採択当初から参加してきた。国内の義務的規制を最小限にしつつ、国際的なガバナンス枠組みへの関与で信頼性を担保する、という組み合わせである。
「規制がない」わけではない
日本企業の実務にとって、AI推進法の下で直ちに新たな義務や罰則が生じるわけではない。この点は、AI導入のハードルを下げる要素として素直に評価できる。一方で「日本には規制がないから何をしてもよい」という理解は誤りだ。個人情報保護法や著作権法など既存の法律はAI利用にも適用されるし(AI生成物と著作権の論点は文化庁ガイドラインの解説記事を参照)、政府はAI基本計画を通じて施策を具体化していく段階にある。
また、規制環境は地域によって大きく異なる。EUのハードロー型に加え、米国でもイリノイ州のAI安全対策法のような州レベルの立法が進み、オープンウェイトモデルを巡ってはAnthropicが規制への公式見解を出すなど、政策論争が続いている。海外展開する企業やグローバルなAIサービスを利用する企業は、日本の軽規制を前提にせず、提供地域ごとの規制を個別に確認する必要がある。日本の制度も、AI基本計画の実施状況や国際動向に応じて見直される可能性があるため、AI戦略本部の動向は引き続き追う価値がある。
Sources
- 中間とりまとめ(2025年2月4日) - AI戦略会議・AI制度研究会(内閣府)
- 日本版AI法の概要と企業への影響 - BUSINESS LAWYERS(弁護士による法律解説)