OpenAIが2026年8月1日、数学と理論計算機科学の未解決問題10件について新しい結果を公開した1。同社はこれらを「次期の主要モデル」と呼ぶAstraの社内版が生成したものだと説明している1。
対象は、同社の説明によれば「主要な結果について少なくとも10年、多くの場合はそれよりずっと長く進展がなかった」問題である1。高次元幾何、符号理論、算術回路計算量、群論、作用素環、量子計算量、格子暗号、極値組合せ論にまたがる1。
公開されたのは結果だけではない
今回の公開で目を引くのは、主張と一緒に検証の材料が置かれている点だ。記事の冒頭には論文PDFと推論のウォークスルーPDFへのリンクが置かれ、10件それぞれについてモデルの思考過程のナレーションも公開したと同社は述べている1。さらに各議論をLeanで形式化した証明書をGitHubの openai/ten-proofs に置いている12。リポジトリはLean 4.32.0を対象とし、ライセンスはApache-2.0で、Lakeでのビルド手順と第三者が独立に検証するための手順が添えられている2。
Lean のような証明支援系で形式化された証明は、処理系が受理するかしないかという二値の結果を返す。数学の中身に踏み込まなくても、少なくとも「その形式的主張が、その形式的前提から導かれるか」だけは誰でも機械的に確かめられる形になっている。
同社が挙げる10件は次のとおり1。
- 高次元の球充填: 球充填密度の上界をCohn–Elkiesの閾値まで下げる新しい結果
- 二元符号・球面符号: 指定した最小距離における二元符号の最大サイズの指数的な改良と、高次元球面符号での類似の結果
- 非ソフィック群: 非ソフィック群の存在を示す構成(同社は群論の中心的な未解決問題だと説明している)
- Connesの剛性予想: ある種の群がフォン・ノイマン環によって一意に定まるという長年の予想の反証
- 算術回路計算量: パーマネントを算術回路・算術式で計算する際の新しい下界(算術式については n^4/log n オーダー)
- 量子並列反復: 一般の2プレイヤー量子ゲームに対する指数的な並列反復定理
- 最近ベクトル問題: 耐量子計算機暗号に関係する格子問題である最近ベクトル問題の、多項式因子の近似困難性
- Ehrhartの体積予想: 内部の格子点が重心のみである凸体の、各次元での最大体積の決定
- 多色ラムゼー数: 多色三角形ラムゼー数の超指数的な下界(Erdős問題183の解決)
- 極値数の予想: 極値グラフ理論のコンパクト性予想と退化性予想に関する結果(Erdős問題146と180の解決)
生成コストは「Sol API料金換算で約2,000ドル」
コストの目安も示された。OpenAIは、これらの解を見つけるのに必要だったトークン数は「Sol API料金で換算すると約2,000ドルになるだろう」と説明している1。Solは7月末の価格改定で据え置かれた最上位モデルで、同じ改定では小型モデルのLunaが80%値下げされている。あくまで解の探索に要したトークンを料金に換算した数字であり、研究全体にかかった費用ではない点は読み違えないほうがよい。
人間の関与についても線引きが示されている。同社の説明では、モデルが生成した議論を同じモデルを使って人間が原稿の形に整え、その後モデルが各議論をLean証明書として形式化した1。つまり数学的な議論そのものはモデルが出し、体裁と形式化の工程に人が関わった、という構成になる。
今回に先立つ動きとして、OpenAIは5月に、未公開モデルの評価中に見つかったというErdős単位距離予想のAI生成の反証を公開している1。7月末には学術研究者10万人にフロンティアモデルを無償提供するプログラムも発表しており、今回の記事でもそのプログラムに触れている1。米エネルギー省がAI活用の科学プロジェクト278件を選定したGenesis Missionのように、研究現場にAIを入れる枠組み自体が各所で同時に動いている時期でもある。
数学界は6月に懸念を文書化していた
OpenAIは今回の記事で、AIの数学への関与に懸念を持つ人々への敬意を述べ、その例として「AIと数学に関するライデン宣言」の署名者に言及した1。
このライデン宣言は2026年6月2日に公開された文書で、3,365人の数学者が署名し、国際数学連合(IMU)が支持している3。宣言は、AIが「もっともらしいが信頼できない(あるいは誤ってさえいる)議論」を生み出し、妥当な証明と区別しにくくなることを懸念として挙げている3。さらに、結果がプレスリリースを通じて公表されて査読を経ないこと、商業的な動機が「AIが扱いやすい問題」を数学的に重要な問題より優先させかねないことも指摘している3。数学者個人にはツール利用の開示と著者としての責任を、商業的なAI開発者には数学の価値観の尊重を求める内容だ3。
著者性についてOpenAIは、「結果がどう生み出されたかを帰属は正直に反映すべきで、AIシステムが全面的に生成した証明について人間の著作だと主張することは、システムの寄与と人間の知的作業の性質の双方を誤って伝えることになる」との立場を示した1。そのうえで、原稿の準備とLeanでの形式化には自社が関与し、その正しさに責任を負う一方、数学的な議論そのものは自社システムが生成したものだと述べている1。同社は数学界にこれらの結果へ深く関与し、文脈の中に位置づけてほしいとも書いている1。
「機械が受理した」と「数学として評価が定まった」は別
Lean証明書が添えられていることは、検証の入口が開いていることを意味するが、それで数学的な評価が終わるわけではない。形式化された主張が本来の問題を正しく写し取っているか、結果が先行研究に対してどれだけ新しいか、その分野の理解をどう変えるかといった判断は、依然として数学者の仕事として残る。OpenAI自身も、数学界が結果に関与して文脈の中に置くことを期待すると書いており1、評価が確定したとは述べていない。
報道では、Erdős問題のカタログを運営するマンチェスター大学の数学者Thomas Bloom氏が今回の結果を「big news」と評したと伝えられている4。一方で、Astraがいつ一般に提供されるのか、価格やモデル規模がどうなるのかについては、今回の公開に記載がない1。
AIの出す数字をどう読むかという観点では、ベンチマークの数値がどこまで何を意味するのかという問題と今回の件は地続きだ。ベンチマークのスコアと違い、今回は10件の具体的な主張とその形式的証明が公開されている。査読の代わりになるかどうかも含めて、判断の場はこれから数学界に移る。
Sources
- Ten advances in mathematics and theoretical computer science - OpenAI公式発表(2026年8月1日)
- openai/ten-proofs - 10件のLean 4形式化を収めた公式リポジトリ
- The Leiden Declaration on AI and Mathematics - 2026年6月2日公開、署名者3,365人、IMU支持
- OpenAI announces its “next major model” Astra by dropping ten previously unsolved math solutions - The Decoder(2026年8月1日)