「AIエージェント」という言葉を、ニュースや製品発表で目にする機会が増えています。ChatGPTのような生成AIチャットと何が違うのか、自社の業務にどう関係するのか——言葉だけが先行し、定義が曖昧なまま語られることも少なくありません。実際、AIエージェントの定義は提唱する企業や研究者によって幅があり、一つに定まっていないのが現状です。
この記事では、Anthropicの技術解説や富士通の用語解説といった信頼できる情報源をもとに、AIエージェントの定義・仕組み・使いどころを、AIの専門家ではない方にも分かるように整理します。
AIエージェントとは何か
富士通は用語解説の中で、AIエージェントを「目標の達成に向けて、AI技術を用いて状況を観察(理解)、思考(計画)、判断(意思決定)、実行し、環境に応じて改善のループを回しタスクを遂行する、自律的または半自律的なソフトウェア」と定義しています2。
ポイントは 「ループを回す」 という部分です。ChatGPTのような生成AIチャットは、質問に対して回答を生成したらそこで処理が終わります。一方AIエージェントは、目標を与えられると「観察→思考→判断→実行」のサイクルを自律的に繰り返し、段階的に目標達成へ近づいていきます2。人間が一手ずつ指示を出すのではなく、目標だけを伝えれば途中の手順をAI自身が組み立てて進める——これがエージェントと従来の生成AI活用との大きな違いです。
たとえば「来週の出張の経費精算を済ませて」という目標を考えてみると、チャット型のAIにできるのは精算手順の説明までですが、エージェント型のAIは領収書データの確認、精算システムへの入力、不足情報の問い合わせといった一連の作業を自分で進めることが期待されます。
仕組み:LLMに「道具」と「記憶」を持たせる
AIエージェントの中核にあるのは、ChatGPTやClaudeと同じ大規模言語モデル(LLM)です。Anthropicは、エージェント型システムの基本構成要素を「検索、ツール、メモリといった拡張機能で強化されたLLM(an LLM enhanced with augmentations such as retrieval, tools, and memory)」、すなわち「拡張されたLLM(augmented LLM)」だと説明しています1。
3つの拡張機能を噛み砕くと次のようになります。検索(retrieval) は、社内文書やデータベースなど学習データの外にある情報を取りに行く能力です。ツール(tools) は、コードの実行やファイル操作、外部サービスの呼び出しといった「手足」にあたる能力で、これによってAIは文章を返すだけでなく実際の作業ができるようになります。メモリ(memory) は、過去のやり取りや作業の途中経過を覚えておく能力です。
LLMがこれらの拡張機能を使いながら前述のループを回すことで、「考えるだけのAI」が「作業を進めるAI」になります。
ワークフロー型自動化との違い
ここで混同しやすいのが、従来からある業務自動化(RPAや決まった手順のAI処理)との違いです。Anthropicは2024年12月公開の技術解説「Building Effective Agents」で、エージェント型システムを「ワークフロー」と「エージェント」に区別しました1。
同社の定義では、ワークフローは「LLMとツールがあらかじめ定義されたコードの経路に沿って組み合わされるシステム(systems where LLMs and tools are orchestrated through predefined code paths)」です。これに対しエージェントは「LLMが自らの処理の進め方とツールの使い方を動的に決定するシステム(systems where LLMs dynamically direct their own processes and tool usage)」とされています1。つまり、処理の流れを人間が設計しておくのがワークフロー、流れの決定そのものをLLMに委ねるのがエージェントです。
同解説では、ワークフローの代表的なパターンとしてプロンプトチェイニング(prompt chaining)、ルーティング(routing)、並列化(parallelization)、オーケストレーター・ワーカー(orchestrator-workers)、評価者・最適化者(evaluator-optimizer)の5つが紹介されています1。手順が事前に決められる定型業務であれば、エージェントを使わずワークフローで十分なケースも多く、どちらを選ぶかはタスクの性質次第です。
マルチエージェント:複数のAIが協働する構成
エージェントは1体で動かすだけでなく、複数を組み合わせる構成もあります。富士通の解説では、単独でタスクを実行する単一型のほか、マネージャー役のエージェントが複数のワーカーを統括する階層型マルチエージェント、対等なエージェント同士が協調する水平型マルチエージェントという分類が示されています2。
Anthropicは自社のリサーチ機能の開発経験をもとに、マルチエージェントシステムを「複数のエージェント(ループの中で自律的にツールを使うLLM)が協働するシステム(multiple agents (LLMs autonomously using tools in a loop) working together)」と定義しています3。同社の社内評価では、Claude Opus 4をリーダー、Claude Sonnet 4をサブエージェントとするマルチエージェント構成が、単体のClaude Opus 4を90.2%上回る成績を示したと報告されています3。
ただし性能向上にはコストが伴います。同じ報告によれば、エージェントは通常のチャット利用の約4倍、マルチエージェントシステムでは約15倍のトークン(AIの処理量の単位)を消費します3。複数のAIを協働させる構成は、その費用に見合う価値の高いタスクに向いていると言えます。
ビジネスでの使いどころと導入の原則
では、どんな業務がエージェントに向いているのでしょうか。Anthropicは有望な実用例として、SWE-bench(実際のソフトウェア開発課題を集めたベンチマーク)のタスクを解決するコーディングエージェントと、チャットボットの操作感にツール連携を組み合わせた顧客サポートを挙げています1。コーディング支援はすでにClaude CodeやCursorなど多くの製品が実用段階にあり、エージェント活用が最も進んでいる領域の一つです。
導入にあたってAnthropicが示す原則は3つです。第一に「エージェントの設計をシンプルに保つこと」、第二に「計画ステップを明示してエージェントの透明性を優先すること」、第三に「ツールの文書化とテストを通じてエージェントとコンピュータの接点(ACI)を丁寧に作り込むこと」です1。
これらの原則から導けるのは、いきなり高度な自律性を求めない、という姿勢です。まずは手順の決まったワークフローや単一エージェントから小さく始め、AIの判断過程を人間が確認できる形を保ちながら、効果が確かめられた領域で段階的に自律性を広げていく進め方が現実的だと考えられます。
AIエージェントの実例をさらに知りたい方は、当サイトの関連記事もあわせてどうぞ。マルチエージェント構成の実装と教訓はAnthropicのマルチエージェント研究システムの記事で、エージェント同士が相互作用する時代の安全性研究はGoogle DeepMindらの研究資金拠出の記事で、コーディングエージェントの内部構造はClaude Code Deep Diveの記事で詳しく解説しています。
Sources
- Building Effective Agents - Anthropic公式技術解説(2024年12月19日公開)
- AIエージェントとは:用語解説 - 富士通公式の用語解説
- How we built our multi-agent research system - Anthropic公式エンジニアリングブログ(2025年6月13日公開)