Anthropicが2026年8月14日、Claudeのテキスト透かしがどう動くのかを説明する文書を公開した1。8月13日に扱ったサポート文書が「何が対象で、いつから、どこに適用されるか」という方針の話だったのに対し、今回は仕組みと、その仕組みゆえに透かしが効かない場面の説明である。
冒頭でAnthropicが挙げているまとめは6点ある1。品質と内容に実用上の影響はないこと、透かしの有無は読み手には区別できないこと、テキストには何も追加されず、隠し文字も入らないこと、追加のトークンを要さず料金も上がらないこと、識別情報を含まず個人・組織・チャットに紐づけられないこと、そしてClaude固有の話ではなく他の主要な開発元も同じ行動規範に署名して各自の透かしを実装することである1。
「選ぶ単語」ではなく「選ぶための乱数」を変える
Anthropicの説明の中心は、透かしが何を変えていないかにある。言語モデルは1語ずつ文章を作り、そのたびに候補の中から前の文脈に照らして最もそれらしい語を選ぶ1。「今日の天気は寒くて…」に続く語が「甘い」である見込みは低いが、「曇り」も「灰色」もありうる。読み手にとってどちらが選ばれても意味はほぼ変わらず、こうした場面では乱数で決まる1。
透かしは、この「どちらでもよい選択」に介入する1。ただし選択そのものを操作するのではなく、乱数の出どころを変える。任意の乱数生成器の代わりに、鍵とその直前の数語から次の語を決める1。結果として選ばれる語は依然としてランダムに見えるが、鍵を持つ側は、語の並びが鍵を使った場合の選択と整合するかを確かめられる1。整合するなら、そのテキストがClaudeによって生成された確率を割り当てられる、という仕組みだ1。
Anthropicは、特定の語に偏るわけではないと念を押している1。「曇り」がある文で選ばれ、次の文では「灰色」が選ばれるという挙動は透かしなしのときと変わらず、Claudeが普段なら使わない語を無理に選ばせることもない1。同社が挙げているたとえは、サイコロの代わりに円周率の桁を使ってモノポリーを遊ぶ状況である1。プレイヤーにも勝敗にも違いは生じないが、あとから手の並びを見れば、円周率を使った試合かどうかを判別できる1。
方式そのものはAnthropicの発明ではない。Google DeepMindが2024年にNature誌で発表したSynthID-Textの一種であり、さらに遡ると2022年のScott Aaronsonの提案に連なる系統だと明記されている1。いずれも「語を選ぶための乱数の出どころだけを変える」という設計原理を共有する1。
事実の記述、コード、校正では薄くなる
限界の説明が、この文書でいちばん実務に効く部分である。
まず、鍵で答えられるのは「これは部分的にせよClaudeが書いた可能性がどれくらいあるか」という問いだけだ1。人間が書いたことを確認するものではなく、別のAIが書いたかどうかも判別できない(別のAIが透かしを使っていても鍵が違い、方式そのものが違うこともある)1。さらに、短いサンプルでは語の選択機会が少なく情報が足りないため、検出はうまく働かない1。文章が長くなるほど確度は上がる1。
そして、言い換えの余地が少ない文ほど透かしは薄くなる1。Anthropicが挙げている例が「アイザック・ニュートンの最も有名な著作は…」という文で、次の語が「Principia」であることには意味があり(正解が1つしかない)、透かしが作用する余地がない1。
同じ理屈がコードにも当てはまる。厳密な出力が要求され、違う語を選べば事実として誤りになるかコードが壊れる場面では、透かしは適用されない1。「2 + 2 =」まで書いたあと、次のトークンには明確な最善手があり、透かしの「ナッジ」はそこには効かない1。したがって、多くの場合に厳密さが要るコードは、他の形式の文章より透かしが少なくなるとしている1。ただしコード内でも語や用語の選択が任意な箇所——コメントなど——では透かしが使われる1。とはいえ、それは定義上、実際に生成されるコードにはほとんど影響しないとも書いている1。
校正も同様だ1。透かしはClaudeが選んだ語にだけ付く。人が書いた文章の文法と句読点だけを直させた場合、ほとんどの語は人のものなので、透かしが取り付く先はごくわずかしかない1。文章の長さとClaudeがどれだけ手を入れたかによっては、Claudeの関与を検出できるだけの量に届かない1。Anthropicの言い方では「Claudeが書く量が多いほど、下す判断が増え、透かしの入る余地も増える」1。
逆に、翻訳には透かしが載る1。この場合はすべての語をClaudeが選んでいるからだ1。編集で消せるかという問いには「ある程度は可能」と答えており、軽い編集ではおそらく完全には消えず、すべての語を置き換える全面的な書き直しなら消える1。もっとも後者の場合、そのテキストをAI生成と呼べるかどうかは議論の余地がある、とも付け加えている1。
判定の意味も限定されている。透かしが示せるのは「Claudeが何らかの時点で関与した可能性が高い」ということだけで、「Claudeが書いた」と「Claudeが大幅に編集した」を区別できない1。この点は前回の記事でも触れた性質だが、今回はその理由が仕組みの側から説明された形になる。
速度・料金・追跡についての回答
利用者からの懸念に対する回答も明示されている。
速度と料金については、透かしがモデルの速度に与える影響はごくわずかで、追加のトークンを生まないため提供にも利用にも同じ価格だとしている1。追跡については、透かしが適用されるのはClaudeとその出力に対してであり、個々の利用者を特定するものではないと述べている1。透かしにも鍵にも、利用者・所属組織・Claudeとのチャットに関する情報を復元できるものは含まれていない1。
権利関係も変わらない。透かしはClaudeがそのコンテンツを生成または処理した可能性を検証する手掛かりにすぎず、所有権や著作者性について何も述べず、利用規約上の利用者の権利を変えるものではないとしている1。
品質への影響については、社内テストで内容・創造性の水準・可読性のいずれにも影響が見られなかったとしている1。同社は根拠として、透かしの手法を導入したNature論文で、Google DeepMindがGeminiのトラフィックの一部に透かし付きのモデルを提供してthumbs-up / thumbs-downの評価を比較したところ統計的に有意な差がなく、対照実験でも人間の評価者が並べて比較して品質の差を認めなかった、という結果を挙げている1。いずれもAnthropicの社内テストとDeepMindの研究に基づく主張である。
検出手段はまだこれから
では、実際にどうやって確かめるのか。ここは現時点で埋まっていない。Anthropicは「近く透かし検出APIを提供する」としつつ、実装の詳細は検討中だと書いている1。
既存のAI検出ソフトとの違いにも触れている。それらのサービスはAnthropicの鍵を持たないため別の方法を使い、AIの言い回しに現れる癖を見ている1。同社が例示しているのは「これは[X]ではなく[Y]だ」という構文をAIが好むことや、“quietly” という語を予想以上に多用することである1。こうしたパターンの検出は、透かしを確認することとは根本的に異なる、という説明だ1。
ファイルの扱いは別建てになっている。.png・.jpg・.svgなどの対応形式をClaudeが生成した場合、ファイルのメタデータに、Claudeで作成または処理されたことを示す暗号署名付きの短い記載(コンテンツ・クレデンシャル)が付く1。これはカメラメーカーや写真編集ソフトが画像の出どころを記録するのに使っているC2PAという業界標準で、C2PA対応のツールなら読み取れる1。Anthropic自身も、ファイルを投げ込んで確認できるツールを提供する予定だとしている1。ただしこれは透かしとはまったく別物で、ファイルの中身は変わらず、埋め込まれも隠されもしない1。楽曲側の来歴表示でSunoが取り組みを公表したときも、識別ツールと音声ウォーターマークは別々の施策として整理されていた。テキスト・画像・音声のいずれでも、「印を埋め込む」話と「メタデータで来歴を示す」話は分けて考える必要がある。
規制対応として始まり、全世界に適用される
透かしを入れる理由は前回同様、EU AI法への対応である1。Anthropicは、他の主要なモデル提供者および約190の署名者とともに、2026年7月にAI生成コンテンツの透明性に関するEU行動規範に署名した1。これによりAIシステムの提供者はAI生成テキストに「マーキング」を施すことが求められる1。
適用範囲が全世界になっている理由も書かれている。地域ごとに適用範囲を絞る持続的な方法がまだないため、開始時点では全世界に適用する、というものだ1。同社は今後も異なるアプローチを評価し続け、進展があれば共有するとしている1。2026年8月2日より前に公開されたAnthropicのモデルには法律上の移行期間があり、それらにも透かしを追加する作業を進めていて、今後数か月かけて展開されるとしている1。
同じ日、Googleは逆方向の動きを見せている。Geminiで作った画像・動画・音楽の可視ウォーターマークを利用者がオフにできる設定を告知し、不可視のSynthIDとC2PAメタデータは常に残ると説明した。見た目の印は選べるようにする一方、機械が読む印は外さない。方向は違って見えても、「読み手には見えない層で来歴を保つ」という設計は共通している。
検出APIが出るまでは、透かしが入っていること自体は分かっても、手元でそれを確かめる手段がない状態が続く。文章がClaude由来かを確かめたい立場——採用の応募書類、学生のレポート、外注の納品物——にいるなら、コードと短文と校正では検出が効きにくいという性質のほうを、先に知っておいたほうが実際的だろう。
Sources
- How Claude’s text watermark works - Anthropic公式(2026年8月14日)
- Strong backing for the Code of Practice on transparency of AI-generated content - 欧州委員会(署名者数の出典として1からリンクされている)